2011生涯養成研修会

南関東地区養成研修会2011

 6月4日(土曜日)南関東地区の養成研修会が六本木聖ヨゼフ修道院ホールにて開催されました。快晴の中、各地区から約50名の会員が集まりました。


オリエンテーション
10時より地区の補佐司祭の講話、質疑応答で午前中のプログラムを終え、昼食後、午後は講話に続き、少人数のグループでの「分かち合い」、そして最後はミサ聖祭において、兄弟的一致のうちに研修会は締めくくられました。 


司祭講話
在世フランシスコ会会員として、その生き方の根本である「在世性」や「回心」というテーマに、会員は一日を通して思いを巡らせつつ、年に二回集まる地区の会員との交流によってその思いを深め合う場となりました。

恐らく、多くの会員がフランシスカンであることの平和と喜びを感じた一日だったのではないでしょうか。

 今年から三年間にわたり、「世にあって、回心と一致を生きる」というテーマで私たち南関東地区は学び、活動していきます。


ミサ
その中で、今年のテーマは「神により頼む〜自分の『貧しさ』を受け入れることからの回心の出発〜」です。今回は、三年間のテーマの第一回目の研修会であり、講話では三年間のテーマの概要から始められました。


第一部 世にある在世フランシスコ会会員


 在世会員にとっての「世」の意味の理解のために、フランシスコにとっての意味、また私たちの会則におけるその意味の変遷を辿りました。

世には、まず神から離れた生き方や世界を表し、フランシスコがこれから解放されようとした否定的な意味があります。また、神の愛を分かち合い平和を実現していく場として、またフランシスコが造られたもの美しさを見つめ、被造物を通し、被造物と共に神を賛美した肯定的な意味があります。

その上で在世会員は、世にあって、世の否定的な意味から解放される歩みの中で、神の愛を分かち合うために、世で出会う全てのものや人との関係を識別選択していかなければなりません。

しかし、表面的な奇麗事ではなく、聖霊に促されながら、私たちには賢明な洞察力が求められます。そのような生き方の模範として、様々な分野で主の御旨を生きた在世フランシスカンの聖人たちの生涯を追いました。


第二部 福音書から回心について思いめぐらす

 福音書から回心の意味を味わうために、徴税人ザーカイ、放蕩息子、イエスとサマリアの女性を取り上げ、その登場人物に自分を当てはめて思い巡らしました。

はじめに、イエスのガリラヤでの宣教開始の箇所から、イエスご自身の慈しみが常に私たちの努力に選考し、労苦を包んでくださることを味わいました。各聖句からのメッセージは非常に多くの気づきを与えてくれるものでした。

何度も読み返してきたエピソードですが、一語一句丁寧に、そして繊細さ、丁寧さをもって祈るように呼んでいくうちに、個人個人の内面の様々な葛藤やその弱さ、痛みに優しく寄り添う主のありかたを次々に発見していくことが出来ました。このような丁寧な読み方を常に心がけていくことで、主の御心をいつも身近に感じられることでしょう。(各聖句からのメッセージは機会をあたらめます)




打ち合わせ中の地区評議員


第三部 在世フランシスコ会の諸規定から回心を思いめぐらす

 私たちの会が初期の段階で「回心(償い)の兄弟姉妹」と呼ばれていたことと、会則7にある「回心」の意味とが、神の愛に立ち返り、神の愛に生かされることという意味で一致していると理解されました。

次に在世会会員の召命について会則第一条と第二条を比較考察し、「聖霊とイエス様の愛の力が、教会における聖フランシスコの子供に働き、御父へと導いていること」が浮かび上がりました。

召命はまず聖霊によるもので、聖霊に従う中で回心に至ります。そこで、聖霊の識別として、イエスに深く結ばれているか、聖霊の実り、聖霊の賜物が自分の中に生き生きとしているかなど、フランシスコに倣う歩みの特徴でもあるポイントが端的に示されました。

またさらに、 連続的な回心、 人間の弱さ、ゆるしの秘跡を考察した後、一年目のテーマとして、貧しさ、謙遜な生き方について(会則11)、フランシスコの貧しく謙遜な生き方、イエス様の生き方、そして神様と隣人に対しての謙遜な生き方の模範として聖母の生き方は、私たちに深い示唆を与えてくれました。

最後に真福八端の「心に貧しい人は幸いである」に関しての考察があり、以下の引用(フランシスコ会訳聖書の注解より)が示されました。

「自分の人間的貧しさを知らない人は、神に頼ろうとはしないので、神の恵みが得られない」・・・信仰のある貧しい人は、神以外に依存すべきものを持たないので、すべてを神に委ねる。」またフランシスコも訓戒の中でこの箇所を挙げていて、「自分の体への侮辱だと思われるただ一言のために、あるいは自分から取り上げられた些細なもののために、躓いて、すぐに心を乱してしまう人がいます。

こういう人は心が貧しくありません。」すべての善いものは神様から頂いたもので、自分で努力したと人こそ、努力、経験、功績に固執する危険がある、という指摘がありました。

心に深く留めておきたいものです。研修会に参加されなかった会員の方も、是非、レジメ資料を入手、ご一読ください。また、既にお持ちの方々も、 今後の私たちの生涯養成の歩みのために、この資料を一年を通じて繰り返し読まれるとをお勧め致します。


(文責南関東地区養成責任者)